診断と治療:自分の病気に向き合えずストーマを見るのも怖かった
私は47歳のとき、GIST (ジスト:消化管間質腫瘍)と診断されました。初めて聞く病名で、大きな手術やストーマ造設の必要があると聞いたときは、まるでドラマを見ているような感覚で、まったく言葉が出ませんでした。
治療は、まず抗がん剤治療で腫瘍を小さくしてからストーマを造設することになりましたが、自分自身では向き合うことができませんでした。そんなとき、妻が病気について調べてくれて、GISTや肉腫の患者と家族の会である「NPO法人GISTERS (ジスターズ)」に出会うことができました。メンバーの方に「深く悩まなくても大丈夫ですよ」とアドバイスをもらい、手術までの7〜8か月の間に多くの情報を得ることができました。
そして、抗がん剤で腫瘍が小さくなったところで骨盤内臓全摘術を受け、コロストミーとウロストミーを造設しました。最初は看護師さんに「ストーマがつきましたよ」と言われても怖くて見ることができず、動けるようになっても妻にストーマ装具の交換を任せていました。しかし、妻がいつも隣にいるわけではありません。自分で交換できるようにならないといけないので、まずは看護師さんが見守る中で装具交換に挑戦しました。初めての交換は、ストーマ1つに1時間、合計2時間かかりました。それでも、入院中に徐々に慣れていき、少しずつストーマに向き合えるようになりました。合併症を起こして、一時は命に係わる状態にもなりましたが、 当初の予定通り1ヶ月で退院することができました。
家族や仲間の支え:コンサートや野球観戦、温泉も楽しめるように
退院して約2か月後、患者会で知り合ったオストメイトの方が走っている姿を見て、こんな風に動けるのかと驚きました。また、患者会のメンバーの方から「オストメイトだから外に出られないということはなく、工夫をすれば外出や旅行もできますよ」と教えてもらい、手術から半年後には神奈川から大阪へ帰省することができました。飛行機で北海道に行ったときは、大手航空会社を利用しました。予約時にオストメイトであることを伝えると、優先的に搭乗でき、座席はトイレの近くで、水も用意してくれるなどとても気にかけていただき、安心して過ごせました。
そして、術後1年が過ぎた頃、桑田佳祐さんのコンサートに行き、『若い広場』という曲を聞いて、思わず涙してしまいました。この曲は、病気で「もうダメかもしれない」と思っていた頃、病院のテレビから流れていた連続テレビ小説「ひよっこ」の主題歌だったんです。諦めなければ希望や未来があるのではないか、まだまだこれからやっていけそうだなと思いました。
病気をしたことで、生きているということがとても大切なことだと思うようになりました。それがきっかけで、40年ぶりくらいに父親と野球観戦に行きました。父親が喜んでくれて、私も嬉しくなりました。また、オストメイトになってから公衆浴場には苦手意識がありましたが、『向日葵』で外出や入浴に関する記事を読み、温泉に行こうと決心しました。実際に温泉に入ってみると、人は意外と他人を見ていないことに気づいたので、今では堂々と温泉に入っています。行く前は不安もありましたが、どうしようかなと迷ったときは、やらずに後悔するよりも、やって後悔したほうが良いと思い、行動するようにしています。
ストーマは面倒なものですが、ゲーム感覚で楽しむなど、意識の持ち方次第で前向きになることができます。「ストーマはメガネや補聴器などと同じで、体の機能を補うものだから気にすることはないよ」と言ってくれた妻の言葉には助けられました。寝ている間に装具がはがれて失敗しても妻は「大丈夫やから」と励ましてくれました。3人の娘たちにも大変な心配をかけてしまいましたが、私が病院でスタッフの皆さんに良くしてもらったことから、長女は介護の道へ、次女は看護の道へ進むことを決めて頑張っています。
社会復帰:温かい言葉に励まされ新しいことへの挑戦も
仕事に復帰したのは、術後約1年経ってからです。以前は営業職で、平日は遅くまで仕事をし、休日もゴルフに行ったりするような、いわゆるモーレツ社員でした。ですから、これまでのように働くことができず、クビになるのではないかと心配していましたが、部長が「仕事をしたいという気持ちさえあれば活躍の場を提供しますよ」と言ってくれたのです。
社内の産業医や人事担当の方とも話し合い、内勤にしていただきました。1年ぶりに出社した日の夜、上司からメールが届き、「復帰おめでとう。あなたは臓器を失ったかもしれませんが、それ以外に失ったものは何もありません。だから頑張りましょう」と書かれていたことは一生忘れません。
週3日の半日出勤から少しずつ勤務時間を増やして、1か月ほどで通常勤務に戻りました。病気になって、出世コースからは外れたかもしれませんが、人間らしい生活が送れるようになったと感じています。
他にも、NHKの「病院ラジオ」というドキュメンタリー番組に参加しました。お笑いコンビのサンドウィッチマンのお2人とお話しすることができ、これまでにない体験ができました。今年になってから御朱印めぐりを始めて、5月までに15か所に参拝しました。寺社に足を運ぶと、気分もスッキリします。
オストメイトになると、身体障害者手帳を取得することができます。抵抗感のある方もいるかもしれませんが、これを持っていると、交通機関や美術館・博物館なども割引で利用でき、私の場合は外出のきっかけにもなりました。また、資格試験の受験会場や免許更新の講習会場などでは、オストメイトであることを伝えたことで、一時退室してトイレに行くことを認めてもらい、出入りのしやすい席にしていただきました。ですから、不安なままでいるよりも、勇気を出して伝えたほうが良いかと思います。
私は病気を経験したからこそ、気づけたことがたくさんありました。自分の時間や大切な人との時間を持つことの大事さがわかりましたし、人生は自分の気持ち次第で楽しめるのだと思っています。
(発行:2022年9月)